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日本の農業で世界へ~起業の記録~

京都大学農学部卒業、外資戦略コンサル、ITベンチャー役員を経て、製菓会社の社長として経営再建を経験。現在、米国バブソンMBA留学中、2016年6月D-matcha株式会社(https://dmatcha.jp/)を設立。

MBA留学⑥ ~日本の英語教育への危機感、英語力の向上法(前編)~

MBA留学
今回から数回に分けて、アメリカにきて感じた日本の英語教育の変化の必要性、ならびに過去やアメリカでの体験を振り返る、英語力向上に役にたった方法を幾つか紹介できればと思う。 
 

日本の義務教育を真面目に受けてきた一人として思うこと 

私は、帰国子女では無い。日本人の家庭に生まれ、日本で育ち、英語教育は中学校からの義務教育、大学を通じて行った。父のススメがあって、中学校時代は毎日NHKの英会話ラジオを聞いていた。あとは、学校で提示される宿題、受験勉強を通じて、まがりなりにも一生懸命に英語を学んできたのだった。
MBA留学前にはTOEFLである程度のスコアを取っていたし、昔から英語は得意科目だったし、少なくとも平均的な日本人よりは英語ができる、と思って留学したのだった。
しかし、MBA留学して目の当たりにしたショッキングな事実は「日本人は他国と比べて 圧倒的に英語ができない」ということだった。
バブソン大学は、生徒の7割近くが非英語圏出身だ。にもかかわらず、(失礼かもしれないが)総じて日本人学生は、英語力に関していえばかなりできないほうだ。私も留学当初は、下から数えたほうが早かったと思う。日本の英語教育に対して感じている大きな問題点は、会話力の不足だ。学校の英語教育が日本語で行われていること、英語以外の強化もすべて日本語、というのも英語教育の効率を落としている。
 

英語の必要性

MBA留学をする前、「英語はしょせん言語であり手段だ。大事なのは中身だ」と思っていた。しかし、留学して気づいたのは、「中身が良くても、それを伝えられなければ、中身が無いも同じ」ということだった。今は英語のディスカッションにも慣れ、議論をリードするコツもわかってきたものの、未だにもっと英語スキルがあれば、内容をもっとよく伝えられるのに・・と悔しい思いをすることがよくある。
 
英語に慣れて得た大きな収穫の一つは、英語が使えることで、情報へのアクセスが圧倒的に良くなったということだ。
ニュース・資料など情報の検索、英語だとより多くの情報にアクセスできる。日本で報じられる海外のニュースは、海外の新聞やニュースなどの報道から1・2日程度遅れて出されることが多いし、海外で報じられるものの一部でしかない。また、海外と日本では、同じニュースを違った捉え方で報道していて驚くこともある。海外と日本の考え方の違いを知ることができる貴重な機会となっている。
 
ビジネスの場面においても、日本企業が海外進出するうえで、英語力の不足が大きなハードルとなっているのは、言うまでもないと思う。
コミュニケーションができないのに、異文化の市場、従業員を理解することは不可能だ。もはやグローバル社会において、英語ができることはベーシックスキルだ。
 
もちろん、英語が話せれば人とのネットワークが広がる、というこも大きなメリットだ。 より多くの人とコミュニケーションできるのは、単純に楽しい。良い友人を得たり、新しい価値観に出会ったり、新鮮な驚きをもたらしてくれる。
 

他国での英語教育

インド、パキスタンでは、学校では国語以外の科目はすべて英語で行われる。彼らの国はさまざまな民族が存在しているため、英語が国の共通語のような役割をになっているという事情もある。理数系のsubjectも全て英語で習う。ちなみに、国語はヒンドゥー語、これに加えて自分達の部族の言葉やスペイン語やフランス語などを選択して勉強するらしい。 数学にも強いインド人が最近グローバルに活躍しているのは、彼らが英語を話せる、という言語スキルも大いに関係している。
その他、タイ、中国からの学生は、必ずしも母国の義務教育で十分に英語を学べるわけではないが、MBA留学をするようなエリート層は小さいころから高度な英語教育を受けており、インターナショナルスクールなども通じて英語を流ちょうに話す人も多い。海外ではエリート層の教育意識は非常に高い。
また、彼らの生活を見ていると、英語のメディアに日ごろから親しんでいるということに気づく。ハリウッド映画、英語のネットニュース、当たり前のように生活の中で英語に触れる中で自然と英語を身に着けている(したがって、アメリカがハリウッドという映画産業を持っているのは、アメリカの価値観・文化を世界に広めるという手段として非常に有効に機能していると思う。)
 

日本人の会話力、発音

私は義務教育と大学で約10年間英語を学んだが、日本のカリキュラムは文法、文章理解、和訳が中心となっており、conversationはほぼ学ばなかった(今の学生はこれよりもマシになっていると良いのだが)。ReadingやWritingは比較的基礎ができあがっているのに対して、会話、ことにMBAで難しい内容を英語でdiscussionするとなると非常に苦労する。
 
会話では、反射的な対応が求められる。言いたいことがあったときに、いちいち辞書でわからない単語を調べる時間などない。そんなことをしている間に議論に置いていかれる。
文章の組み立て方、言いたい事象の説明の仕方、よく使うフレーズ・単語など、会話スキルを上げるには、量をこなすことが必要だ。
 
発音についても、日本の英語教育の中では全く鍛えられない。そもそも先生が日本人で発音が怪しいうえに(たまに外国人教師の授業の時もあったが)、私も中学生当時そうだったが、本当の英語らしい発音をするのが若干恥ずかしい空気もあった。
しかし、実際、日本人の発音は物凄く聞きとり辛いようだ(日本人からすると凄く聞き辛いインド人やパキスタン人の発音よりも、日本人のほうがひどいらしい)。日本人英語で発音しても、文章がいくら正しくても聞き取ってすらもらえないこともある。特に"r"の発音は日本人は苦手だ。唇や舌の動かし方、母音の発音の種類、日本語とは異なる体系にあるという事実を、もっと早い段階で気づいていたら・・と思う。カタカナで英語の発音をメモして覚えるようなやり方で学んできたことを後悔している。
 

日本語で英語を習うことは適切か?

英語の授業を日本語で習う和訳主義は、英語の学習効率を下げている。いちいち、日本語で考えてから翻訳する癖がついており、会話など反射的な反応を求められる状況下では害となっている。基本的に、英語は英語で教わるべきなのだと思う。
 
最近の教科書改訂で、数学など一部の科目において英語で教える章を入れる、という素晴らしい記事を目にした。まさにそれは重要だと思う。
日本の数学を始めとした理系教育は素晴らしく、おかげで他国の生徒と比べても数字で苦労することは殆どない一方で、用語を英語で覚えなおすのに時間を割いている。経済用語も同じく、日本語では意味を理解しているの事象も、英語で覚えなおす二度手間となっている。
英語で習うことで、海外の文献収集や英語でのwritingなどによりストレスが無く取り組むことができる。国語や道徳、歴史などはもちろん日本語で教えるとして、英語以外の数学・化学・物理などの理系科目、学術用語などは、英語で学ぶ方が効率が良いと思う。
 

日本の英語教育に対する危機感

留学して自分の英語がまったく十分なレベルにないということに気付いたとき、今まで相応の時間とコストをかけて学んできた日本の英語教育はいったい何だったのだろう、と虚しい気持ちになる。日本人MBA留学生の友人たちの中にも優秀な学生はたくさんいるのだが、みな一様に英語に苦労しているように思う。彼らの優秀さを100%発揮するには英語力の向上が必要だと思う。
日本でも少しずつ英語を学ぶ環境は良くなってきているかもしれないが、このようなスピードではグローバル社会から取り残されてしまうと危機感を覚える。
時間をビジネスや文化の交流もグローバルに行う時代にあって、文法や和訳にだけ力を入れるのはナンセンスだ。より利用価値の高い英会話により教育の時間を割くべきだと思うし、英語に触れる機会を教育の中でより多く作る必要があると思う。
過去にドイツ人の友人と話した時、かつてはドイツも英語を話せない人が殆どだったが、国全体として英語力向上を推進し、現在では喋れる人が多くなってきているとのことだった。
これから、国の成長戦略として外国人観光客が増えて行く中、英会話はどんな分野でも役にたつ。さらに英会話ができれば、色んな人と話ができるので、英語を学ぶモチベーションにも繋がるはずだ。
 

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写真はボストンの繁華街、QUINCY MARKETにて。

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経営再建⑫ ~想定外の新規出店(後編)~

経営再建
新規出店を成功させるというのは思っていた以上に非常に難しいものだった。
売上・収益を的確に予想し、収益の出る適切な立地を選ぶというのは至難の業だ。結論から見て、新規出店はうまく行ったものばかりではなかった。

 新規出店 売上予測の難しさ

新規出店場所を決める際の基準は何にするべきか。出店経験の多い会社であれば、過去の実績データを統計的・定性的に分析していけば、どういった要因が売上・収益と因果関係が強いか、ある程度確信をもって言うことができるだろう。
しかし、そういった会社であっても、失敗することも少なくはないのが新規出店というものだと思う。
自社ブランドに対する理解(ターゲット顧客層(年齢、性別、所得))、立地場所における顧客層の行動に対する洞察、周辺の競合状況、立地の視認性の高さ、店舗設備の使い勝手、などさまざまな要因が関係してくる。
出店場所決めは難易度の高い経営判断のひとつだ。以前、大手ラーメンチェーンの社長は、「出店だけは絶対に他人には任せられない。いまだに自分で判断する」とおっしゃっていた。

新規出店の基準

この時の私は、新規出店場所を決めるベースとなる基準は、シンプルに店舗前通行量と比較的所得層が高いエリア、という2つだった。
しかし、単純にこういったデータだけで、売上を判断することはもちろんできない。
例えば、ショッピングを目的として訪問する百貨店のお客様と、通勤の駅のお客様を比較するとその性質が違う。前者のお客様の方が、店前で足を止め、販売スタッフとの会話をするなかで購買に至ることが多いので、客数だけでは単純に比較できない。
しかし、私にはそういった情報を数字的に落としこめるだけの経験と肌感覚がなかった。
そこで、シンプルに、過去の自社の類似店舗の通行量と来店率のデータをもとに、新規出店場所の店舗前通行量から売上計画を組み、あとは自分なりの仮説を立てて、それに合致する場所を選ぶことにした。例えば、コーヒーテイクアウトとセット売りにして、ビジネスオフィスでの需要を狙う出店を行ってみたり、ブランド知名度を生かして家族連れが多いショッピングモールのお菓子売り場に出店してみたりと、思い切った判断をした。出店を決めて早期に売り上げを立てなければ、雇用を守れない、という焦りがあった。

 ディベロッパーへの提案、出店場所確保

自分でこの店舗なら出店させてくれるのではないか、という立地を見つけてディベロッパーに提案しにいったこともあった。
例えば、東京中の駅にある全部の物件を見て廻る中で、ロケーションの魅力度の割に、店舗の打ち出し方が上手くいっておらず、儲かってなさそうな店舗があった。それをこちら側からピックアップして、デベロッパーに提案をして交渉を勝ちとったこともあった。
最終的に5月までに順次新店をオープンすることで、従業員の雇用をなんとか保つことが可能となった。過去の超一級の場所よりは劣るが、何処もかなりの交通量を誇る立地だ。ひとまず胸をなでおろした。
 
退店費用や新規出店費用を削減するために、トラックやバンを借りて、可能な限り閉店店舗の設備や資材を運搬して新規店舗で活用した。もちろん、私も深夜まで搬出、搬入作業を皆ともに行った。
また、売上が堅調にも関わらず、予期せぬ店舗契約打ち切りで意気消沈しているスタッフもいた。社員はもちろん、フリーターとしてフルで働いていてくれたスタッフについても新規出店へ移って働いてもらうオプションを一人一人提示した。
 

不確実性の高い未知の領域へ

契約が残っていた最後の一店については、赤字を解消することができなかったため、こちらから退店を申し入れ、撤退することにした。これで、引き継いだ店舗はすべて無くなることとなった。
新しい店舗のうち、どのくらいがうまくいくかもわからない。一店舗として売上の読めない、不確実性の高い未知の領域がここから始まるのだった。

雇用の確保と新規出店のリスク

この時を振り返って思う。
新規出店という高いリスクを背負ってまで、すべての社員の雇用を守ることが本当に正しい判断だっただろうか。
 
一斉に出店せず、規模を縮小してまずは1店舗から立て直し、それから大きくするという方法もあったかもしれない。
雇用を守ることが最初の目的となってしまい、多少適切でないと感じていた立地へも出店せざるを得ない状況となっていた。
 
一方で、出店をせずに代わりに社員のリストラを行えば、社員の士気が著しく下がり、今度は優秀な社員から会社を去っていくだろう。
特に新会社がスタートしたばかりで社員と社長である私との信頼関係も築けていない時期には、そのリスクは大きかっただろうと思う。
これがあと数年後に起きていたら、また違ったジャッジをしていたのかもしれないが。
 
言えることは、社員の雇用を切る、リストラする、というのはいつでも経営者にとってつらい選択肢だ。精神的には誰もが避けて通りたいものだと思う。
しかし、それができる強さも必要だ。このときの私にはその覚悟は十分でなかったかもしれない。
(C)2016 dmatcha

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経営再建⑪ ~想定外の新規出店(前編)~

経営再建
国税からの差押え通知書により、引き継いだ店舗のうち、赤字店の1つを除く全てが契約解除、という予想だにしない状況となった。
このときの私の頭の中には、雇用を維持するために、売上規模を保つために、新規出店をしなければならない、という考えしかなかった。
海外のブランドが時に実施するような一端日本から完全撤退、もしくは規模縮小して立て直した後、改めて出店、という方法は全く検討しなかった。
せっかく旧会社から引き継いだモチベーションの高い社員・人材を失いたくないということと、社員の雇用を守らねばならない、という責任感のようなものを強く感じていたからだ。雇用をまもるために無理に出店した、という見方もできる。今ならもう少し違う方法を取るかもしれない。
 

新規出店の営業・ブランド価値 

幸いにして、当社は、過去にかなりの数の百貨店や駅、サービスエリアなどで催事販売(期間限定の販売)を実施しており、主要なほとんどの会社の担当者とコンタクトがあった。直ぐに販売責任者のSさんに連絡をしてもらい、商談の機会を持つことができた。
以前にIT会社(親会社)の製菓部門にいた時の私の経験からして、催事販売を行うことは簡単だが、そこから常設店オープンの交渉をするのは大変に難しいことを知っていた。よっぽどの実績を挙げていないと、常設店をオープンするという交渉は進まない。当社が比較的すんなりと常設店オープンの交渉を進められたことには心から驚いた。このブランドの持つ過去の実績・ブランド力というものを感じた。BS(貸借対照表)が示すとおり、のれん(ブランド価値)が当該会社の大きな資産だと改めて感じた瞬間だった。
 

デベロッパーとの関係  

この頃は、路面店での出店は一切考えず、テナントとして百貨店や駅に出店することを考えていた。
テナントとして出店する場合、多くは賃料が売上歩合となっている。(場合によっては最低保証といって、どれだけ売上が落ちてもテナント側が負担する固定賃料の部分)そのため、デベロッパー側は定期的に売上の低いテナントの入替を行っており、特にターミナル駅や人気の百貨店などではそのサイクルも短くなっている。
超一級の立地では、常設店でも1年契約の場合も多く、坪売上高がデベロッパー側の予算に満たなければ契約延長は無い。超一級立地は、非常に多くのテナントが出店を狙っているため、このような単年契約というディベロッパーに有利な条件でも契約が成立するのだ。
 
もちろんテナント出店することにはメリット・デメリットがある。
テナントとして出店する場合、営業時間、店舗の装飾、看板の置き方など百貨店や駅が持つ規則・ルールを遵守する必要がある。また、売上歩合で賃料が決まるため、「売り切れの状態を作らないように」、というデベロッパーからの要求は厳しい。
テナント側としては、ロス率が収益に響くこと、精神的にも一生懸命作ったものを無駄にしたくない無い、という気持ちも強いが、こちらの主張は売上が予算を大きく上回っている場合を除いて、受け入れて貰えない。さらに、店舗物件のスペックによっては、保健所の許可が「物販販売」しか取れずドリンク販売などができず、販売戦略の幅が狭まることもある。つまりは、テナント出店は比較的、自由度が低い。
一方で、百貨店や駅などが、集客施策を箱全体で実施してくれたり、マナー研修を実施してくれたりと、メリットも大きい。 

(C)2016dmatcha

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MBA留学⑤ ~アメリカの車事情~

MBA留学
アメリカは車社会だ。バブソンMBAでも寮に住んでいる人以外全員車通学であるし、会社勤めの人も多くは車通勤だ。
私はボストン郊外に住んでいるので、最寄りのスーパーや駅まで徒歩40分もかかる。
アメリカ人は、車を下駄のように使う、と誰かがが例えていたがまさにその通りだと思う。自分の靴のように車が必需品であり、貴重品ではあるものの日用品的な位置づけに近いイメージだ。
私は、大好きなメーカーであるMazdaのMazda3(アクセラ)を購入して乗っている。

アメリカの中古車市場

アメリカでは、走行距離がかなりいっている中古車でも結構な値段がする。日本でいうと10万キロだとかなり走っている車だという認識だと思うが、アメリカでは20万キロくらいでようやく走行距離が長いというイメージだ。
街中には、信じられないような古い車やボロボロの車も走っている(傷だらけ、へこんでいたり、外側がさびてボロボロになっているものも。ブレーキランプが片方つかない、なんて車も見かける)。
車検は年に一回、最寄りのガソリンスタントで簡易的に行うだけなので(基本的に、車のメンテナンスは自己責任)、日本のようにある程度の年数乗ったら維持費が高くなるので乗り替え、といった購買行動とは異なっている。日本人のような新車に対する執着もここではそんなにない。古い車にずっと乗る人や古い車を中古で買ってきて乗っているような人も数多く存在する。
 
中古車の需要が旺盛にあるため、走行距離が長くても結構な値段で販売をしているし、また売る時も走行距離が長くても高い値段で売れる。例えば、走行距離18万円キロで購入して2年で2万キロ乗り、販売すると、100万円弱で購入して、80万円弱で売れるようなイメージだ。
従って、燃費が良くて故障が少ない日本車がアメリカ市場で圧倒的な人気を得ている。走行距離や型式を入れると、買取価格や販売価格の参考値があるサイトがあるのだが、そこで見ても、日本車の方が、アメリカ車に比べて値落ちが圧倒的に小さい。
基本的に走行距離が長いこと(片道60分程度通勤に運転する人もザラ)や、恐らく特段の税制メリットも無いことから、軽自動車は一切見かけない。
日本と同じ車であっても、従来1.6リットルの車種が2リットル以上の排気量とビッグになっている。ちなみに、ガソリン代は日本の半分以下と驚きの安さだ。 

 

一度アメリカで中古車に乗ることに慣れてしまうと、走行距離のわりに割安な日本の中古車が非常に魅力的に思えてきた。日本に帰っても中古車に乗ろうかなと考え始めている。
 

アメリカでの日本車

依然としてBig3のシェアは大きいが、ToyotaとHondaを始め日本勢もかなりのシェアを占めている。ToyotaやHondaに乗っている人に聞くと、その車の性能や壊れにくさに対する信頼は絶大だ。「GMやFordの20万キロは長距離だが、ToyotaやHondaなどの日本車からしたまだまだこれからだ」と言っている。
Toyotaは日本ではあまり見かけないピックアップトラックや大きなSUVからCamryに至るまで多岐多様な自動車を販売している。この地域ではトヨタのカムリは定番車種だ。
Mazdaはデザイン性に惹かれて、若い人が乗っている印象が多く、校内でもMazda乗りは車に対する拘りの強い人が多い印象だ。
特に、私の住んでいるボストンを含むNew England地方は、豪雪地帯ということもあり、Subaruの四駆が人気が高いように思う。日本のニュースでも良く流れているが、北米における過去最高の売上高を更新し続けている。
 

アメリカのディーラー 

ディーラーでの自動車購入は貴重な体験となった。
アメリカでは車の個人売買も盛んで、インターネット上に挙がっている販売希望車を選んで売り手と直接交渉する、という方法もあるが、アメリカに住み始めたばかりであまり自信もなかったのでディーラーで中古車を購入することにした。
広いアメリカならでは。ディーラーには在庫車すべてが展示されてあり、中古車については、自社の取扱メーカー以外の車も売っている。例えば、MazdaのディーラーでToyotaやGMの中古車などが売っていた。
 
アメリカ人ですら、ディーラーとの交渉は疲れる、というものらしい。確かに、値段交渉はタフだ。私も、ネットでの情報を基に交渉をし、数日間にわたって通ってやっと納得する価格での購入に至った。
セールスマンの手法は、日本のディーラーのように人間関係を構築して次回の購買に繋げるといったスタイルではない。何とかして売って実績を作るというある種、焼畑のような印象だ。
 
購入の意思を伝えた後、Financial Managerなる190cm近い黒人のいかつい担当者に個室で支払を行った。その後、すかさず担当者から追加の補償オプションの購入を迫られてしまい、勢いに負けて補償オプションを購入してしまった。
キャンセル可能な項目が入っていたので、一端購入して後で解約手続きをとったが、これもまた面倒だった。あの独特の威圧感は何ともいえない。数か月後にディーラーを訪れるとそのFinancial Managerは既にいなくなっていたが、次のFinancial Managerもまた非常に威圧的でどぎまぎしたのだった。
さらに、車は、納入時期よりも数日遅れ(ナンバー取得に手間取ったようだ。期日通りにこないことは珍しいことではないようだ…)、納車された翌日には自動車の整備不足で再度メカニックイン、しかも代車は用意してくれないなど、日本とはずいぶん違ったた文化だ。 
 

Zip Car

ボストン発のシェアカーサービスでZip Carがあり、校内にも何台かあるので、自動車を購入するまでは大変活用させてもらった。必要なものは、入会すると貰えるカード(鍵)と、Zip carアプリだけで使用方法はいたってシンプルである。アプリで使用したい車(車が停まっている場所)、時間を指定し、クレジットカードで支払する、時間になったら車の停まっている場所へ行き、カードをかざせば鍵が開く。キーは車内にある。ガソリンは、ガソリン支払用のカードが車内にあり、無くなりそうになったらその乗車客が入れるという仕組みだ。ガソリン代や保険台は時間単価でレンタル料に含まれている。私の住んでいるエリアは郊外なので、自分の車を持っている人が殆どだが、HarvardやMITなど市内の学校に通う人はZip Carをかなり活用しているようだ。 
 

Tesla 

2016年3月31日、Tesla model3の先行予約が始まった。従前のTeslaの車とは異なり、値段も400万円程度と安く、1回の充電で250km以上の走れるということもあって2017年向けの発売で現時点で12万円の支払が必要なのにも関わらず、1日で28万台の予約が入ったと社長のイーロン・マスクが発表した。Toyota Camry(アメリカで一番売れてる車の一つ)が2014年年間で43万台販売だったこととを考えると驚異的だ。
日本の基幹産業である自動車産業にとって、今までのサプライチェーンと異なる仕組みで作れてしまう電気自動車が主流になってしまうことは望ましいことではない。クリーンディーゼル、燃料電池、PHVなど様々な技術で日本の自動車メーカーも厳しくなる環境規制(特にカルフォルニア)や消費者ニーズに対応すべく努力している。
日本の自動車メーカにとって、環境技術に加え、今は自動運転という自動車という製品の過渡期にあり、異業種からの参入(Googleやapple)もあって、厳しい経営判断が迫られる難しい時期だと思う。
私は、自動車はITや電気製品とは異なり人の命に関わることなので、販売したことのない28万台という製品が事故や問題一切無く、消費者の満足を満たすものとなるのかを興味深く思っている。
日本を支える日本の自動車産業に、この激流の中で、持ち前の創意工夫とカイゼンを活かして世界のイニシアティブをとり、世界をリードし続けて欲しいと心から思う。
 
相棒のMazda3

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経営再建⑩ ~国税差し押さえ、そして店舗が無くなる(後編)~

経営再建

国税局への異議申し立て、直談判

国税局の差し押さえに対して、異議申し立てを行う場合、3つの段階を踏むことができるようになっている。
①異議申立ては、処分があつたことを知つた日の翌日から起算して六十日以内にしなければならない。
②審査請求 異議申立てに対する税務署長等の決定があった後の処分に、なお不服があるときは、その通知を受けた日の翌日から1か月以内に国税不服審判所長に対して「審査請求」をすることが可能。
③裁判所へ提起 審査請求に対する国税不服審判所長の裁決があった後の処分に、なお不服があるときは、その通知を受けた日の翌日から6か月以内に裁判所に対して訴えを提起できる。
 
弁護士にお願いをして異議申立てを内容証明で送付し、その後、とにかく事情を聞いてもらうため直談判に行った。我々新会社としては、経営再建に集中したかったし、新会社としてはきちんと納税しているのだから、何の非もないことを早く国税側に理解して貰いたかった。我々が買収した資産に対する差押えを一刻も早く解除してもらい、異議があるのなら旧会社に対してアプローチしてほしかった。しかし、彼らの業務目的はシンプルだ。合法的に少しでも多くの税金を回収することだ。話を聞いて担当者は同情はしてくれたが、差し押さえを解除してくれることは無かった。
我々は審査請求まで行い、思いもかけず国税局の上級職員まで出てきて話を聞いてくれたが、やはり差し押さえの解除は認められなかった。「個人として事情はわかるし理屈もわかるものの、組織として前例がないことはできない」というのが彼らのスタンスだった。彼らは彼らの目的に極めて忠実であるとともに、組織柄として例外措置を容易に認められない立場なのだろう。
 
この先、裁判をするのか?確かに勝てる可能性はあるかもしれないが、極めて限られたお金、時間、精神的余裕を裁判に振り分けられるのか?恐らく国税側は最高裁まで闘うだろう。差し押さえという手段にでている以上、法的根拠が十分にある、という判断を国税側がしているからだ。
我々、零細企業の経営再建にそんな余裕はなかった。私自身の本心としては、資産を失うのはあまりに惜しかったし、闘って勝ち今後のためにも前例になりたいという気持ちがある半面、目下再建中で肉体的にも精神的にもタフな状態で、正直裁判を行うだけの余裕は無かった。さらに、裁判となると費用もかかる。最高裁まで、となれば尚更だ。株主全員とも良く相談し、泣く泣く多額の敷金を諦めて本業に集中することに決まった。 
 

店舗契約の解除

この間に、1つのデベロッパーを除いて、契約の解除に関する申し出が入る。賃貸借契約には、店舗の借主に差し押さえが入った場合、契約を解除できる項目がある。今回の場合、差し押さえられたのは、我々新会社では無く、旧会社だったのだが、デベロッパーから見ると本件自体に不信感をいだき、新会社に対しても不安感が生まれてしまったのだろう。
10月に買収したのち、翌3月末には、なんと1店を除いて引き継いだすべて店舗の契約が解除されてしまった。さらにその残りの1店舗は、家賃比率が高く、依然赤字だった唯一の店舗だった。数千万円の敷金という資産を失った上に、キャッシュを産むはずの店舗もなくなるという絶望的な事態だった。
雇用を守るために、収益を出すために、新規出店を行う必要があった。しかし、新規出店をするためにはキャッシュが必要であり、収益面(我々のターゲットはフリーキャッシュフロー)でも計画と大きな乖離を起こすリスクはあった。販売責任者のSさんのみにこの悲惨な状況を伝えたうえで、当初の計画とは全く異なる新規出店を行うため、怒涛のデベロッパー営業を始めることとなる。
 
ちなみに、新会社には、中小企業の雇用を守ることを目的とする公的機関も一部出資していた。
もちろん別の組織ではあるのだが、母体が同じ国である国税局よる差し押さえによって、われわれ新会社の出資者である公的機関側の目的達成は危ぶまれる事態になっていた。なんという矛盾だろう。どちらも、それぞれの組織の目的を純粋に遵守はしようとしているが、全ての状況を考慮したうえで全体最適な判断を下すこと、ましてや前例に無い判断を行うことなど、公的機関という組織の性質上、極めて難しいのだと実感した。
 
それとともに、倫理的に正しい信念を持ち行動をとっても、強い組織の論理に屈してしまわなければならない弱い組織の悲しさ・悔しさと、それが故に何としても会社を軌道に載せなければ、という気合が改めて入ったのだった。 
そして、弱い組織であるがゆえに、避けなければならない・避けることができる法的リスクには敏感にならなければならない、とも感じた。
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経営再建⑨ ~国税差し押さえ、そして店舗が無くなる(前編)~

経営再建
ここからしばらく苦悶の時期が続く。
法律用語もあって読みづらいかもしれないが、商売を行う方にはぜひ読んでいただきたいと思う。法的リスクを軽んじてはならない、という自分への戒めでもある。

一通のFAXから

ある日いつものように事務所へ出社すると、ある商業施設デベロッパー(店舗の家主)から電話とともに、1通のfaxがきた。
内容を見て固まった。我々のとある店舗の敷金に対する差し押さえ通知書だった。
対象には旧会社の名前が記載されている。旧会社との話では、国税含め債権者とは旧会社が誠実に対応して解決する、との契約だったので、最初は国税局が合併の経緯を知らずに文章を送ってきたのだと考えた。そして、通知書の下部に記載されていた担当官へと電話をして、合併の経緯等を説明したところ、国税側は「そのような背景を知っておらず改めて調査をする」とのことだった。
そして、一週間後、改めて国税から電話があり、「差し押さえの結論は変わらない」との連絡が来た。その時は意味が分からず、早速、買収の際にリーガルチェックを担当した弁護士さんに相談した。
極めて厄介だったのが、当該弁護士事務所が旧会社側の破産処理の案件を我々の仕事の後に引き受けてしまっており、われわれ新会社の立場から、業務の相談に乗ることができなくなっていたことだった。明らかな利益相反となるためだ。この弁護士事務所のやり方に対しても憤りを覚えたが、後の祭りだ。もちろん、このような話は我々は全く知らず、ただただ動揺した。 
 
親会社のI社長に弁護士を紹介していただくよう相談をし、I社長の知人の方から他の弁護士さんを探した。そうこうしているうちに、他の店舗の敷金に対しても旧会社の名義に対して差し押さえが入った。
全てのデベロッパーが本件差し押さえに対して極めて動揺していた。ディベロッパーを含め我々は、本件事業譲渡に関して、必要な手続きは行い、敷金の権利は当然、新会社に移転しているという認識だったので、寝耳に水だった。
 

国税側の主張

親会社のI社長の知り合いである弁護士さんを2名紹介して頂き、I社長とともに相談にいった。
そこで判明したのが、国税側の主張は、民法第467条債権譲渡の対抗要件、第三者に対する対抗要件が満たされていないため、敷金返還請求権の譲渡が旧会社から新会社に対して、なされていない。という論拠だった。平たく言えば、ディベロッパーに納めている敷金を返還する権利が旧会社から新会社に譲渡されたという通知が法的になされていない(第三者対抗要件が具備されていない)ので、敷金は旧会社の資産のままである。旧会社はおそらくかなりの金額の税金を滞納していたため、その敷金を国税が差し押さえて、旧会社の未納税金をに充てる原資とする、というのが狙いだった。
 
国税側の論拠のポイントは、当該契約を「敷金返還請求権の譲渡」として考えており、権利譲渡の通知書には「確定日付」が無いので、資産は移転していない(つまり敷金は旧会社のもの)ということだった。
当該案件を敷金返還請求権の譲渡として考えるのならば、対抗要件として、①譲渡人(旧会社)から債務者(ディベロッパー)に対して敷金譲渡の事実を通知する、②債務者(ディベロッパー)の承諾を得る、ことを「確定日付のついた通知書を出す」ことで行うことが必須だった。そして、確定日付が、この敷金返還請求権譲渡の差し押さえよりも前になされた、ということを証明する必要があった。
 
新会社(我々)、旧会社、デベロッパーの3社間では、賃貸借契約移転の契約書を巻いていた。敷金についてはデベ側の要望と実務の簡略化のため、いったん旧会社に戻した後で、改めて新会社からディベロッパーに納め直す、という手続きは踏まなかったが、契約書内に敷金は新会社に付随するという項目を付与していた。 しかし、「確定日付」はついていなかった。旧会社から債権者に対して出した通知書についても確定日付は無かったし、3社間で巻いた契約書についても確定日付は無かった。国税局が突いてきたのはここのポイントだった。
今思えば、確定日付まできっちりやり、どんなリスクに対しても完璧に備えて置くべきだった。コストの観点から法務デューデリに予算を多く割かなかったが、今思えば、無理を言ってでも簡易デューデリではなく、しっかりした法務デューデリを行うべきだったと心から思う。
 
我々は買収時に、敷金を含めた金額で旧会社の資産を査定し、かつ純資産よりも高い金額で、プレミアムとして「のれん」まで計上して新会社を買収していた。しかも新会社の資産の約4割は敷金で構成されていた。 旧会社の未払税金は新会社ではなく旧会社に付随する負債であり、敷金は新会社の資産だ。当然、納得がいくわけもなく国税局に対して、異議申し立てを行うことにした。
 

我々の主張

我々の主張は、本件は、敷金返還請求権の譲渡ではなく、「賃借人の地位の移転」である、というものだ。
(旧会社から新会社に対して)賃借人の地位の移転が行われ、その賃借人の地位の移転の対抗要件は、物理的に賃借を始めることであり、つまり新会社の社員により運営がなされることで要件を充足する。そして、その対抗要件を充足した日は当然、差し押さえよりも前であった。敷金は賃借契約に付随するものである。実務簡略化の観点から、旧会社から敷金を戻した後に新会社からディベロッパーに対して新たに振込を行うという作業を省いただけで、敷金返還請求書の譲渡では無い。
 
国税側も、我々側の主張も論拠は違うものの筋は通っていた。
今でも鮮明に覚えているが、弁護士さんも、法律家として、この案件は実に闘いたい案件だと仰ってくださっていた。我々の主張が筋が通っているものであり法廷で闘えるものだということと、このような事態を許容してしまうと、企業買収、企業再生といった際に新会社がリスクにさらされる危険が高く、世のためにもならないと仰っていた。本来、法律家は企業や起業家をリスクから守るためにあるべきだとも言っていた。
 
国税局とのやりとりは、しばらく続く。私にとってこれは非常に大きなストレスとなった。
(C)2016 daikimatcha
 
 
 
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MBA留学④ ~アメリカでの日本食~

MBA留学
アメリカに来て驚いたのは、日本食が一過性のブームでは無く、1つのジャンルとして成長を続けていることだ。寿司だけでなく、ラーメン、焼き肉、焼き鳥、居酒屋、定食など、日本食の裾野がますます広がっている。
また、スーパーなどのラインナップ拡充から考えても、アメリカ人の食卓においても、日本食はより親しみ深いものとなっているようだ。概して本当の日本食(出汁ベースであっさりとした。いわば京料理に近い)よりも、日本食の中でもジャンクな味の濃いもの(ラーメンなど)が特に受けている印象だ。
また、大学にきているアジア圏の学生(中国人、タイ人、ベトナム人等)は日本食が本当に好きで、中には美味しい日本食を食べるべく日本の地方にまで観光に行っている人も。計5回以上も訪日している人もしばしば見かける。

人気のあるレストランカテゴリーなど 

~ラーメン~ 

らーめんは、非常に人気がある。日本のチェーンだと、ニューヨークには「一風堂」、ボストンには「山頭火」・「夢を語れ」、など日本資本で日本人が働く本格ラーメン屋さんがあり、どこも毎日行列である。ラーメン1杯20ドル弱(2000円弱)するのは日本人にとっては驚きだ。特に一風堂は、お洒落な居酒屋のようなイメージで、お酒やおつまみと一緒に長時間友人や家族と食事をするような感覚で使用されている。アメリカ人は熱いスープをすすることに慣れていないし、他の料理と同じく、友人と会話を楽しみながらいただくものなのだ。日本のようにカウンターでさくっと食べてすぐに出るといったファストフード的な使用のされ方では無い。
アメリカの食事と比較した場合、日本食はあっさりとしていて、ヘルシーだ。もしくは日本食=ヘルシーという認識がなされているようだ。そのため、日本食の中でこってりとしていたり、味がしっかりしている料理もアメリカ人にとっては”あっさり・ヘルシー”と認識されて人気がある。上記に挙げたラーメン屋さんの味は日本とも変わらず、本当に美味しく、ホームシック(日本の味への)を幾度となく癒してくれた。
水の違い、小麦の違いから麺を作るのに苦労されたり、スープに使用する材料を空輸されたりと、数多くの困難を乗り越えて、この人気とクオリティを実現されているラーメン屋さんには脱帽だ。ニューヨークは上記以外にも数多くの日本人オーナーがラーメン屋を経営されている。
 

~Japanese BBQ(牛角)~ 

「日本食で御勧めある?」と良く外国人に聞かれるのだが、そういう時に紹介して外れなく反応が良いのが牛角だ。ボストンにも二軒あり、中国人やインド人、南米人、アメリカ人、どの国籍の人にも好評だった。
アメリカのスーパーやレストランでは、日本の焼き肉のように肉を薄く切って食べる習慣はあまりない。また、自分で焼いて食べる、というスタイルが珍しくて刺さっているのと、味付けや価値が分かり易いのが好評の理由だと思われる。
あくまで個人的な感覚だが、現在の日本の牛角で出される肉よりも質が高く、他と比較して安い。アメリカ産の牛肉が日本よりも物流コストの分だけ安く、しかも新鮮に手に入るのだから納得だ。ランチだと12ドルで肉が3種類、ごはん、味噌汁付。他と比較した場合、アメリカではランチでこのボリュームだと20ドルは軽く超えそうな感覚である。  
 

~スーパーでの日本食~

私がボストンに住んでからわずか半年の間で近隣にあるスーパーの日本食コーナーが拡大された。今では、うどん、そば、のり、わさび、インスタント麺(複数銘柄)、アメリカ産日本米、パン粉等、半年前は日系スーパーまで行かないと手に入らなかった産物が近所のボストン郊外のスーパーでも手に入るようになった。
また、H-martという韓国系の日本や韓国の食品を取り扱うアジア系スーパーや、えびす屋という日系スーパーにおいても、日本人以外のアメリカ人や中国人を数多く見かける。(むしろ日本人の方が少ない。ボストンの人口から見れば日本人の割合はごく少数だから当然と言えばそうだ) 
 

日本食の市場推移 

世界で大きく伸びているが、多くは中国人や韓国人によって経営されている。どちらも食べたことがあるが、現時点では、やはり日本人オーナーの店との味の差は歴然である。
中国人、韓国人は何処で修行を重ねているのかと聞いてみると、寿司について言えば、ニューヨークに寿司スクールがあり、1年程度で一通りの技術を教わることができるそうだ。そこで習った技術をベースにオーナーシェフの独創的な新メニューが生まれていく。
例えば、アボガドと寿司を合わせたり、天ぷらと寿司を合わせたり、などなど。それはそれなりに美味しいが日本人からすれば日本食とは別物だ(しかし、アメリカの人たちにとってのSUSHIはこっちが主流なのだ)。そうした外国人オーナーシェフの元でまた新たに修行を積み、寿司のシェフになる人もいるようだ。
さらに、近年の日本食ブームもあり、元々韓国料理や中華料理を提供していたレストランが、日本料理に変わっているというケースも多い。食材卸から日本の主だったメーカーの調味料等は購入できるということだった。 
 
日本食が外国人の手で広められ、なんちゃって日本食が広まっていくのを見るのは複雑な気持ちになることもあるが、彼らのおかげで日本食が世界的の人たちに愛されるカテゴリとして成長したのは事実だ。外に目を向けない日本人の代わりに、彼らが頑張ってくれている、という見方もできなくはない。 
(C) 2016 daikimatcha