日本の農業で世界へ~起業の記録~

京都大学農学部卒業、外資戦略コンサル、ITベンチャー役員を経て、製菓会社の社長として経営再建を経験。現在、米国バブソンMBA留学中、2016年6月D-matcha株式会社(https://dmatcha.jp/)を設立。

経営再建⑨ ~国税差し押さえ、そして店舗が無くなる(前編)~

ここからしばらく苦悶の時期が続く。
法律用語もあって読みづらいかもしれないが、商売を行う方にはぜひ読んでいただきたいと思う。法的リスクを軽んじてはならない、という自分への戒めでもある。

一通のFAXから

ある日いつものように事務所へ出社すると、ある商業施設デベロッパー(店舗の家主)から電話とともに、1通のfaxがきた。
内容を見て固まった。我々のとある店舗の敷金に対する差し押さえ通知書だった。
対象には旧会社の名前が記載されている。旧会社との話では、国税含め債権者とは旧会社が誠実に対応して解決する、との契約だったので、最初は国税局が合併の経緯を知らずに文章を送ってきたのだと考えた。そして、通知書の下部に記載されていた担当官へと電話をして、合併の経緯等を説明したところ、国税側は「そのような背景を知っておらず改めて調査をする」とのことだった。
そして、一週間後、改めて国税から電話があり、「差し押さえの結論は変わらない」との連絡が来た。その時は意味が分からず、早速、買収の際にリーガルチェックを担当した弁護士さんに相談した。
極めて厄介だったのが、当該弁護士事務所が旧会社側の破産処理の案件を我々の仕事の後に引き受けてしまっており、われわれ新会社の立場から、業務の相談に乗ることができなくなっていたことだった。明らかな利益相反となるためだ。この弁護士事務所のやり方に対しても憤りを覚えたが、後の祭りだ。もちろん、このような話は我々は全く知らず、ただただ動揺した。 
 
親会社のI社長に弁護士を紹介していただくよう相談をし、I社長の知人の方から他の弁護士さんを探した。そうこうしているうちに、他の店舗の敷金に対しても旧会社の名義に対して差し押さえが入った。
全てのデベロッパーが本件差し押さえに対して極めて動揺していた。ディベロッパーを含め我々は、本件事業譲渡に関して、必要な手続きは行い、敷金の権利は当然、新会社に移転しているという認識だったので、寝耳に水だった。
 

国税側の主張

親会社のI社長の知り合いである弁護士さんを2名紹介して頂き、I社長とともに相談にいった。
そこで判明したのが、国税側の主張は、民法第467条債権譲渡の対抗要件、第三者に対する対抗要件が満たされていないため、敷金返還請求権の譲渡が旧会社から新会社に対して、なされていない。という論拠だった。平たく言えば、ディベロッパーに納めている敷金を返還する権利が旧会社から新会社に譲渡されたという通知が法的になされていない(第三者対抗要件が具備されていない)ので、敷金は旧会社の資産のままである。旧会社はおそらくかなりの金額の税金を滞納していたため、その敷金を国税が差し押さえて、旧会社の未納税金をに充てる原資とする、というのが狙いだった。
 
国税側の論拠のポイントは、当該契約を「敷金返還請求権の譲渡」として考えており、権利譲渡の通知書には「確定日付」が無いので、資産は移転していない(つまり敷金は旧会社のもの)ということだった。
当該案件を敷金返還請求権の譲渡として考えるのならば、対抗要件として、①譲渡人(旧会社)から債務者(ディベロッパー)に対して敷金譲渡の事実を通知する、②債務者(ディベロッパー)の承諾を得る、ことを「確定日付のついた通知書を出す」ことで行うことが必須だった。そして、確定日付が、この敷金返還請求権譲渡の差し押さえよりも前になされた、ということを証明する必要があった。
 
新会社(我々)、旧会社、デベロッパーの3社間では、賃貸借契約移転の契約書を巻いていた。敷金についてはデベ側の要望と実務の簡略化のため、いったん旧会社に戻した後で、改めて新会社からディベロッパーに納め直す、という手続きは踏まなかったが、契約書内に敷金は新会社に付随するという項目を付与していた。 しかし、「確定日付」はついていなかった。旧会社から債権者に対して出した通知書についても確定日付は無かったし、3社間で巻いた契約書についても確定日付は無かった。国税局が突いてきたのはここのポイントだった。
今思えば、確定日付まできっちりやり、どんなリスクに対しても完璧に備えて置くべきだった。コストの観点から法務デューデリに予算を多く割かなかったが、今思えば、無理を言ってでも簡易デューデリではなく、しっかりした法務デューデリを行うべきだったと心から思う。
 
我々は買収時に、敷金を含めた金額で旧会社の資産を査定し、かつ純資産よりも高い金額で、プレミアムとして「のれん」まで計上して新会社を買収していた。しかも新会社の資産の約4割は敷金で構成されていた。 旧会社の未払税金は新会社ではなく旧会社に付随する負債であり、敷金は新会社の資産だ。当然、納得がいくわけもなく国税局に対して、異議申し立てを行うことにした。
 

我々の主張

我々の主張は、本件は、敷金返還請求権の譲渡ではなく、「賃借人の地位の移転」である、というものだ。
(旧会社から新会社に対して)賃借人の地位の移転が行われ、その賃借人の地位の移転の対抗要件は、物理的に賃借を始めることであり、つまり新会社の社員により運営がなされることで要件を充足する。そして、その対抗要件を充足した日は当然、差し押さえよりも前であった。敷金は賃借契約に付随するものである。実務簡略化の観点から、旧会社から敷金を戻した後に新会社からディベロッパーに対して新たに振込を行うという作業を省いただけで、敷金返還請求書の譲渡では無い。
 
国税側も、我々側の主張も論拠は違うものの筋は通っていた。
今でも鮮明に覚えているが、弁護士さんも、法律家として、この案件は実に闘いたい案件だと仰ってくださっていた。我々の主張が筋が通っているものであり法廷で闘えるものだということと、このような事態を許容してしまうと、企業買収、企業再生といった際に新会社がリスクにさらされる危険が高く、世のためにもならないと仰っていた。本来、法律家は企業や起業家をリスクから守るためにあるべきだとも言っていた。
 
国税局とのやりとりは、しばらく続く。私にとってこれは非常に大きなストレスとなった。
(C)2016 daikimatcha
 
 
 
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