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日本の農業で世界へ~起業の記録~

京都大学農学部卒業、外資戦略コンサル、ITベンチャー役員を経て、製菓会社の社長として経営再建を経験。現在、米国バブソンMBA留学中、2016年6月D-matcha株式会社(https://dmatcha.jp/)を設立。

MBA留学⑥ ~日本の英語教育への危機感、英語力の向上法(前編)~

MBA留学
今回から数回に分けて、アメリカにきて感じた日本の英語教育の変化の必要性、ならびに過去やアメリカでの体験を振り返る、英語力向上に役にたった方法を幾つか紹介できればと思う。 
 

日本の義務教育を真面目に受けてきた一人として思うこと 

私は、帰国子女では無い。日本人の家庭に生まれ、日本で育ち、英語教育は中学校からの義務教育、大学を通じて行った。父のススメがあって、中学校時代は毎日NHKの英会話ラジオを聞いていた。あとは、学校で提示される宿題、受験勉強を通じて、まがりなりにも一生懸命に英語を学んできたのだった。
MBA留学前にはTOEFLである程度のスコアを取っていたし、昔から英語は得意科目だったし、少なくとも平均的な日本人よりは英語ができる、と思って留学したのだった。
しかし、MBA留学して目の当たりにしたショッキングな事実は「日本人は他国と比べて 圧倒的に英語ができない」ということだった。
バブソン大学は、生徒の7割近くが非英語圏出身だ。にもかかわらず、(失礼かもしれないが)総じて日本人学生は、英語力に関していえばかなりできないほうだ。私も留学当初は、下から数えたほうが早かったと思う。日本の英語教育に対して感じている大きな問題点は、会話力の不足だ。学校の英語教育が日本語で行われていること、英語以外の強化もすべて日本語、というのも英語教育の効率を落としている。
 

英語の必要性

MBA留学をする前、「英語はしょせん言語であり手段だ。大事なのは中身だ」と思っていた。しかし、留学して気づいたのは、「中身が良くても、それを伝えられなければ、中身が無いも同じ」ということだった。今は英語のディスカッションにも慣れ、議論をリードするコツもわかってきたものの、未だにもっと英語スキルがあれば、内容をもっとよく伝えられるのに・・と悔しい思いをすることがよくある。
 
英語に慣れて得た大きな収穫の一つは、英語が使えることで、情報へのアクセスが圧倒的に良くなったということだ。
ニュース・資料など情報の検索、英語だとより多くの情報にアクセスできる。日本で報じられる海外のニュースは、海外の新聞やニュースなどの報道から1・2日程度遅れて出されることが多いし、海外で報じられるものの一部でしかない。また、海外と日本では、同じニュースを違った捉え方で報道していて驚くこともある。海外と日本の考え方の違いを知ることができる貴重な機会となっている。
 
ビジネスの場面においても、日本企業が海外進出するうえで、英語力の不足が大きなハードルとなっているのは、言うまでもないと思う。
コミュニケーションができないのに、異文化の市場、従業員を理解することは不可能だ。もはやグローバル社会において、英語ができることはベーシックスキルだ。
 
もちろん、英語が話せれば人とのネットワークが広がる、というこも大きなメリットだ。 より多くの人とコミュニケーションできるのは、単純に楽しい。良い友人を得たり、新しい価値観に出会ったり、新鮮な驚きをもたらしてくれる。
 

他国での英語教育

インド、パキスタンでは、学校では国語以外の科目はすべて英語で行われる。彼らの国はさまざまな民族が存在しているため、英語が国の共通語のような役割をになっているという事情もある。理数系のsubjectも全て英語で習う。ちなみに、国語はヒンドゥー語、これに加えて自分達の部族の言葉やスペイン語やフランス語などを選択して勉強するらしい。 数学にも強いインド人が最近グローバルに活躍しているのは、彼らが英語を話せる、という言語スキルも大いに関係している。
その他、タイ、中国からの学生は、必ずしも母国の義務教育で十分に英語を学べるわけではないが、MBA留学をするようなエリート層は小さいころから高度な英語教育を受けており、インターナショナルスクールなども通じて英語を流ちょうに話す人も多い。海外ではエリート層の教育意識は非常に高い。
また、彼らの生活を見ていると、英語のメディアに日ごろから親しんでいるということに気づく。ハリウッド映画、英語のネットニュース、当たり前のように生活の中で英語に触れる中で自然と英語を身に着けている(したがって、アメリカがハリウッドという映画産業を持っているのは、アメリカの価値観・文化を世界に広めるという手段として非常に有効に機能していると思う。)
 

日本人の会話力、発音

私は義務教育と大学で約10年間英語を学んだが、日本のカリキュラムは文法、文章理解、和訳が中心となっており、conversationはほぼ学ばなかった(今の学生はこれよりもマシになっていると良いのだが)。ReadingやWritingは比較的基礎ができあがっているのに対して、会話、ことにMBAで難しい内容を英語でdiscussionするとなると非常に苦労する。
 
会話では、反射的な対応が求められる。言いたいことがあったときに、いちいち辞書でわからない単語を調べる時間などない。そんなことをしている間に議論に置いていかれる。
文章の組み立て方、言いたい事象の説明の仕方、よく使うフレーズ・単語など、会話スキルを上げるには、量をこなすことが必要だ。
 
発音についても、日本の英語教育の中では全く鍛えられない。そもそも先生が日本人で発音が怪しいうえに(たまに外国人教師の授業の時もあったが)、私も中学生当時そうだったが、本当の英語らしい発音をするのが若干恥ずかしい空気もあった。
しかし、実際、日本人の発音は物凄く聞きとり辛いようだ(日本人からすると凄く聞き辛いインド人やパキスタン人の発音よりも、日本人のほうがひどいらしい)。日本人英語で発音しても、文章がいくら正しくても聞き取ってすらもらえないこともある。特に"r"の発音は日本人は苦手だ。唇や舌の動かし方、母音の発音の種類、日本語とは異なる体系にあるという事実を、もっと早い段階で気づいていたら・・と思う。カタカナで英語の発音をメモして覚えるようなやり方で学んできたことを後悔している。
 

日本語で英語を習うことは適切か?

英語の授業を日本語で習う和訳主義は、英語の学習効率を下げている。いちいち、日本語で考えてから翻訳する癖がついており、会話など反射的な反応を求められる状況下では害となっている。基本的に、英語は英語で教わるべきなのだと思う。
 
最近の教科書改訂で、数学など一部の科目において英語で教える章を入れる、という素晴らしい記事を目にした。まさにそれは重要だと思う。
日本の数学を始めとした理系教育は素晴らしく、おかげで他国の生徒と比べても数字で苦労することは殆どない一方で、用語を英語で覚えなおすのに時間を割いている。経済用語も同じく、日本語では意味を理解しているの事象も、英語で覚えなおす二度手間となっている。
英語で習うことで、海外の文献収集や英語でのwritingなどによりストレスが無く取り組むことができる。国語や道徳、歴史などはもちろん日本語で教えるとして、英語以外の数学・化学・物理などの理系科目、学術用語などは、英語で学ぶ方が効率が良いと思う。
 

日本の英語教育に対する危機感

留学して自分の英語がまったく十分なレベルにないということに気付いたとき、今まで相応の時間とコストをかけて学んできた日本の英語教育はいったい何だったのだろう、と虚しい気持ちになる。日本人MBA留学生の友人たちの中にも優秀な学生はたくさんいるのだが、みな一様に英語に苦労しているように思う。彼らの優秀さを100%発揮するには英語力の向上が必要だと思う。
日本でも少しずつ英語を学ぶ環境は良くなってきているかもしれないが、このようなスピードではグローバル社会から取り残されてしまうと危機感を覚える。
時間をビジネスや文化の交流もグローバルに行う時代にあって、文法や和訳にだけ力を入れるのはナンセンスだ。より利用価値の高い英会話により教育の時間を割くべきだと思うし、英語に触れる機会を教育の中でより多く作る必要があると思う。
過去にドイツ人の友人と話した時、かつてはドイツも英語を話せない人が殆どだったが、国全体として英語力向上を推進し、現在では喋れる人が多くなってきているとのことだった。
これから、国の成長戦略として外国人観光客が増えて行く中、英会話はどんな分野でも役にたつ。さらに英会話ができれば、色んな人と話ができるので、英語を学ぶモチベーションにも繋がるはずだ。
 

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写真はボストンの繁華街、QUINCY MARKETにて。

(C)2016 daikimatcha

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