日本の農業で世界へ~起業の記録~

京都大学農学部卒業、外資戦略コンサル、ITベンチャー役員を経て、製菓会社の社長として経営再建を経験。現在、米国バブソンMBA留学中、2016年6月D-matcha株式会社(https://dmatcha.jp/)を設立。

経営再建⑫ ~想定外の新規出店(後編)~

新規出店を成功させるというのは思っていた以上に非常に難しいものだった。
売上・収益を的確に予想し、収益の出る適切な立地を選ぶというのは至難の業だ。結論から見て、新規出店はうまく行ったものばかりではなかった。

 新規出店 売上予測の難しさ

新規出店場所を決める際の基準は何にするべきか。出店経験の多い会社であれば、過去の実績データを統計的・定性的に分析していけば、どういった要因が売上・収益と因果関係が強いか、ある程度確信をもって言うことができるだろう。
しかし、そういった会社であっても、失敗することも少なくはないのが新規出店というものだと思う。
自社ブランドに対する理解(ターゲット顧客層(年齢、性別、所得))、立地場所における顧客層の行動に対する洞察、周辺の競合状況、立地の視認性の高さ、店舗設備の使い勝手、などさまざまな要因が関係してくる。
出店場所決めは難易度の高い経営判断のひとつだ。以前、大手ラーメンチェーンの社長は、「出店だけは絶対に他人には任せられない。いまだに自分で判断する」とおっしゃっていた。

新規出店の基準

この時の私は、新規出店場所を決めるベースとなる基準は、シンプルに店舗前通行量と比較的所得層が高いエリア、という2つだった。
しかし、単純にこういったデータだけで、売上を判断することはもちろんできない。
例えば、ショッピングを目的として訪問する百貨店のお客様と、通勤の駅のお客様を比較するとその性質が違う。前者のお客様の方が、店前で足を止め、販売スタッフとの会話をするなかで購買に至ることが多いので、客数だけでは単純に比較できない。
しかし、私にはそういった情報を数字的に落としこめるだけの経験と肌感覚がなかった。
そこで、シンプルに、過去の自社の類似店舗の通行量と来店率のデータをもとに、新規出店場所の店舗前通行量から売上計画を組み、あとは自分なりの仮説を立てて、それに合致する場所を選ぶことにした。例えば、コーヒーテイクアウトとセット売りにして、ビジネスオフィスでの需要を狙う出店を行ってみたり、ブランド知名度を生かして家族連れが多いショッピングモールのお菓子売り場に出店してみたりと、思い切った判断をした。出店を決めて早期に売り上げを立てなければ、雇用を守れない、という焦りがあった。

 ディベロッパーへの提案、出店場所確保

自分でこの店舗なら出店させてくれるのではないか、という立地を見つけてディベロッパーに提案しにいったこともあった。
例えば、東京中の駅にある全部の物件を見て廻る中で、ロケーションの魅力度の割に、店舗の打ち出し方が上手くいっておらず、儲かってなさそうな店舗があった。それをこちら側からピックアップして、デベロッパーに提案をして交渉を勝ちとったこともあった。
最終的に5月までに順次新店をオープンすることで、従業員の雇用をなんとか保つことが可能となった。過去の超一級の場所よりは劣るが、何処もかなりの交通量を誇る立地だ。ひとまず胸をなでおろした。
 
退店費用や新規出店費用を削減するために、トラックやバンを借りて、可能な限り閉店店舗の設備や資材を運搬して新規店舗で活用した。もちろん、私も深夜まで搬出、搬入作業を皆ともに行った。
また、売上が堅調にも関わらず、予期せぬ店舗契約打ち切りで意気消沈しているスタッフもいた。社員はもちろん、フリーターとしてフルで働いていてくれたスタッフについても新規出店へ移って働いてもらうオプションを一人一人提示した。
 

不確実性の高い未知の領域へ

契約が残っていた最後の一店については、赤字を解消することができなかったため、こちらから退店を申し入れ、撤退することにした。これで、引き継いだ店舗はすべて無くなることとなった。
新しい店舗のうち、どのくらいがうまくいくかもわからない。一店舗として売上の読めない、不確実性の高い未知の領域がここから始まるのだった。

雇用の確保と新規出店のリスク

この時を振り返って思う。
新規出店という高いリスクを背負ってまで、すべての社員の雇用を守ることが本当に正しい判断だっただろうか。
 
一斉に出店せず、規模を縮小してまずは1店舗から立て直し、それから大きくするという方法もあったかもしれない。
雇用を守ることが最初の目的となってしまい、多少適切でないと感じていた立地へも出店せざるを得ない状況となっていた。
 
一方で、出店をせずに代わりに社員のリストラを行えば、社員の士気が著しく下がり、今度は優秀な社員から会社を去っていくだろう。
特に新会社がスタートしたばかりで社員と社長である私との信頼関係も築けていない時期には、そのリスクは大きかっただろうと思う。
これがあと数年後に起きていたら、また違ったジャッジをしていたのかもしれないが。
 
言えることは、社員の雇用を切る、リストラする、というのはいつでも経営者にとってつらい選択肢だ。精神的には誰もが避けて通りたいものだと思う。
しかし、それができる強さも必要だ。このときの私にはその覚悟は十分でなかったかもしれない。
(C)2016 dmatcha

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